という無限列が得られる。さらに、これらのどれよりも大きい
$$ O_{\omega2} = \{ O_0, O_1, O_2, \cdots, O_{\omega}, O_{\omega+1}, O_{\omega+2} \cdots \} $$
も順序数である。もちろん、\( \mathrm{succ}(O_{\omega2}) = O_{\omega2+1} \)も順序数だし、\( \mathrm{succ}(O_{\omega2+1}) = O_{\omega2+2} \)も順序数である。順序数は、いくら具体例をリストアップしても文字通りの意味で切りがない。
# それ以外
2つ目のグループに入る順序数を後続順序数といい、そうでない順序数を極限順序数という。たとえば、2つ目のグループに入る順序数を'''後続順序数'''といい、そうでない順序数を'''極限順序数'''という。たとえば、\( O_1, O_2, O_{\omega+1} \)などは後続順序数であり、\( O_0, O_{\omega}, O_{\omega2} \)などは極限順序数である。
===第9節 順序数の算術===
# \( \beta = O_0 = \emptyset \)のとき: \( \alpha + O_0 = \beta \)
# \( \beta = \mathrm{succ}(\gamma) \)のとき: \( \alpha + \mathrm{succ}(\gamma) = \succ{\alpha + \gamma} \)
# それ以外のとき: \( \alpha + \beta = \displaystyle{\lim_{\gamma < \beta}} (\alpha + \beta) \)
ただし、最後の式の\( \lim \)は\( \gamma < \beta \)の範囲での順序数的な意味での極限である。高校数学のように書くなら\( \displaystyle{\lim_{\gamma \rightarrow \beta - 0}} \)となるが、順序数とマイナス記号を同時に扱うことはあまりないのでこのような書き方になっている。
以下に例を示す。
である。ある意味で、\( O_{\omega2} \)は「無限よりさらに大きい無限」であると言える。
自然数との類似点: 自然数\( a, b \)に対し、\( a+b=c \)とすると、\( O_a + O_b = O_c \)が成り立つ。
順序数\( \alpha, \beta \)に対し、\( \alpha \cdot \beta \)を次のように定義する。
# \( \beta = O_0 = \emptyset \)のとき: \( \alpha \cdot O_0 = O_0 \)# \( \beta = \mathrm{succ}(\gamma) \)のとき: \( \alpha \cdot \mathrm{succ}(\gamma) = \alpha \cdot \gamma + \alpha \)# それ以外のとき: \( \alpha \cdot \beta = \displaystyle{\lim_{\gamma < \beta}} (\alpha \cdot \beta) \) 加法の定義と同じように、3つに分けて定義されている。\( \beta \)が極限順序数であるときの定義は加法と全く同じである。加法と乗法以外にも極限順序数に対して同様の定義を行っているものは多いが、ここでは触れないことにする。 以下に例を示す。 \( \begin{align*}& O_3 \cdot O_2 \\=& O_3 \cdot \mathrm{succ}(O_1) \\=& O_3 \cdot O_1 + O_3 \\=& O_3 \cdot \mathrm{succ}(O_0) + O_3 \\=& (O_3 \cdot O_0 + O_3) + O_3 \\=& (O_0 + O_3) + O_3 \\=& O_3 + O_3 \\=& O_6 \\\end{align*} \) この例のように、自然数\( a, b \)に対して\( O_a \cdot O_b = O_{a \cdot b} \)が成り立つことが知られている。 \( \begin{align*}& O_{\omega} \cdot O_2 \\=& O_{\omega} \cdot \mathrm{succ}(O_1) \\=& O_{\omega} \cdot O_1 + O_{\omega} \\=& O_{\omega} \cdot \mathrm{succ}(O_0) + O_{\omega} \\=& (O_{\omega} \cdot O_0 + O_{\omega}) + O_{\omega} \\=& (O_0 + O_{\omega}) + O_{\omega} \\=& O_{\omega} + O_{\omega} \\=& O_{\omega2} \\\end{align*} \) \( \cdot \)の左側が極限順序数であっても、右側が後続順序数であれば、2つ目のルールが適用される。 \( \begin{align*}& O_2 \cdot O_{\omega} \\=& \lim_{\gamma < \omega} (O_2 \cdot \gamma) \\\end{align*} \) これは\( O_2 \cdot O_0=O_0, O_2 \cdot O_1=O_2, O_2 \cdot O_2=O_4, \cdots \)のという列の極限である。すなわち、整数\( 0, 2, 4, \cdots \)の極限が\( +\infty \)であるのと同様にして、順序数\( O_0, O_2, O_4, \cdots \)の極限は\( O_{\omega} \)となる。すなわち、 $$ O_{\omega} \cdot O_2 = O_{\omega2} \neq O_{\omega} = O_2 \cdot O_{\omega} $$ である。 自然数との類似点: 自然数\( a, b \)に対し、\( a \cdot b=c \)とすると、\( O_a \cdot O_b = O_c \)が成り立つ。 自然数との相違点: どんな自然数\( a, b \)に対しても\( a \cdot b = b \cdot a \)であるが、どんな順序数\( \alpha, \beta \)に対しても\( \alpha \cdot \beta = \beta \cdot \alpha \)が成り立つとは限らない。 以上のことから、自然数\( a \)に対して\( O_a \)は\( a \)と同じような性質を持つことが分かった。そこで、今まで\( O_{\alpha} \)と書いていたものを単に\( \alpha \)と書くことにする。たとえば、 $$ O_1 = 1, O_2 = 2, O_0 = 0, O_{\omega} = \omega, O_{\omega+1} = \omega+1, O_{\omega2} = \omega2 $$ のように書く。 \( 0 \)および自然数の範囲内では整数と順序数で計算の結果は全く同じになるから、このような同一視を行っても問題ない。また以下でも、順序数がもともと集合であったことを強調するために\( O_{\alpha} \)という表記を使うことがある。 ==第1¼章 全射・単射・全単射==ここでは一旦順序数から離れ、全射・単射・全単射の概念に触れる。 ===第0節 写像===高校数学では「入力が実数で出力も実数」の関数を考えることが多いが、ここではその入力と出力を別の集合にすることを考える。例えば「入力が\( \{ a, b, c \} \)で出力が\( \{ 1, 2, 3 \} \)」の関数\( f \)を $$ f(a) = 2, f(b) = 1, f(c) = 3 $$ のように定義すれば、これは1つの関数になっている。あるいは、高校数学では\( y = \sqrt{x} \)という関数を扱うが、これは\( x < 0 \)では定義されない。すなわち、\( y = \sqrt{x} \)は「入力が\( \{ x \mid x \geq 0 \} \)で出力が\( \mathbb{R} \)」の関数だと思えばよい。 「出力は\( \{ y \mid y \geq 0 \} \)ではないのか?」と思った人もいるだろう。しかし、出力と値域は必ずしも一致しなくてもよい。出力は単に「\( y = \sqrt{x} \)の\( y \)をどのように扱うか」を表すものであり、出力全体が値域に対応している必要はない。 大学の数学用語に合わせるため、入力のことを'''定義域'''、出力のことを'''終域'''と呼ぶことにする。上で述べたとおり、終域と値域は異なる概念である。 ===第1節 全射===定義域が\( A \)、終域が\( B \)であるような関数\( f \)が全射であるとは、\( y \in B\)を定数としたときの\( x \)の方程式 $$ y = f(x) $$ が\( x \in A \)の範囲に必ず1個以上の解を持つことである。 たとえば、\( A = \mathbb{R}, B = \mathbb{R}, f(x) = x^3-3x \)のとき、どのような\( y \in \mathbb{R} \)に対しても\( x^3 - 3x = y \)は実数解を持つ。したがって、\( f(x) = x^3 - 3x \)は全射である。 同じ関数であっても、定義域と終域によって全射になったりならなかったりする。 \( y = \sqrt{x} \)を考える。定義域は\( \{ x \mid x \geq 0 \} \)である。もし終域が\( \mathbb{R} \)であれば、これは全射ではない。なぜなら、\( \sqrt{x} = -1 \)は定義域すなわち\( \{ x \mid x \geq 0 \} \)の範囲に解を持たないからである。 しかし、終域を\( \{ y \mid y \geq 0 \} \)とすれば、これは全射となる。なぜなら、\( y \geq 0 \)を満たすどんな\( y \)についても\( y = \sqrt{x} \)は解を持つ(\( x = y^2 \)が解である)からである。この場合、\( y = -1 \)は終域に含まれていないので、考えている\( y \)の範囲から除外されている。 ===第2節 単射===定義域が\( A \)、終域が\( B \)であるような関数\( f \)が全射であるとは、\( y \in B\)を定数としたときの\( x \)の方程式 $$ y = f(x) $$ が\( x \in A \)の範囲に必ず1個以下(0個でもよい)の解を持つことである。 たとえば、\( A = \mathbb{R}, B = \mathbb{R}, f(x) = x^3-3x \)のとき、\( y = 0 \)に対して\( x^3 - 3x = 0 \)は異なる3つの実数解を持つ。したがって、\( f(x) = x^3 - 3x \)は単射ではない。 一方、\( A = \{ x \mid x \geq 1 \}, B = \mathbb{R}, f(x) = x^3-3x \)とすると、これは単射である。なぜなら、どんな実数\( y \)に対しても\( x^3 - 3x = y \)は定義域すなわち\( x \geq 1 \)の範囲に実数解を最大でも1個しか持たないからである。証明は読者の演習問題とする(実際にグラフを描くとこのことは明らかになる)。 \( y = \sqrt{x} \)の定義域は\( \{ x \mid x \geq 0 \} \)である。終域が\( \mathbb{R} \)であっても\( \{ y \mid y \geq 0 \} \)であっても、これは単射である。 ===第3節 全単射===定義域が\( A \)、終域が\( B \)であるような関数\( f \)が全単射であるとは、\( f \)が全射かつ単射であることである。すなわち、\( y \in B\)を定数としたときの\( x \)の方程式 $$ y = f(x) $$ が\( x \in A \)の範囲に必ずちょうど1個の解を持つことである。 たとえば、\( A = \mathbb{R}, B = \mathbb{R}, f(x) = x^3-3x \)のとき、\( f \)は全射であるが単射ではないので、全単射ではない。 \( y = \sqrt{x} \)の定義域は\( \{ x \mid x \geq 0 \} \)である。もし終域が\( \mathbb{R} \)であれば、これは単射であるが全射ではないので、全単射ではない。一方、もし終域が\( \{ y \mid y \geq 0 \} \)であれば、これは全射かつ単射であるので、全単射である。 \( A = \mathbb{R}, B = \mathbb{R}, f(x) = -x^3 \)のとき、\( f \)は全単射である。証明は読者への演習問題とする。 ==第1½章 集合の濃度==集合の濃度とは、直感的にはその集合の「要素の個数」のことであるが、単なる「要素の個数」とは異なり、無限集合にも定義される。 ===第1節 有限集合の濃度===有限集合の濃度は、その集合の要素の個数と同じである。以下に例を示す。 * \( \{ 1, 3, 5 \} \)の濃度は\( 3 \)である。* \( \{ a, b, c, \cdots, z \} \)の濃度は\( 26 \)である。* \( \emptyset \)の濃度は\( 0 \)である。* \( \{ \emptyset \} \)の濃度は\( 1 \)である。 下から2番目の例は空集合である。空集合には要素が存在しないので、「要素が\( 0 \)個ある」と考えると、空集合の濃度は\( 0 \)であることがわかる。 一方、一番下の例は「空集合のみを要素に持つ集合」である。この集合には空集合という要素が\( 1 \)個あるので、その濃度は\( 0 \)ではなく\( 1 \)である。 以下は、濃度に関する当然だが重要な事実である。\( A, B \)は有限集合とする。 * \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする全射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度以上である。* \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする単射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度以下である。* \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする全単射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度と等しい。 ===第2節 無限集合の濃度===「正の偶数全体の集合」と「自然数全体の集合」ではどちらが要素が多いだろうか? 「正の偶数全体の集合」は「自然数全体の集合」の真部分集合(それ自身でない集合)であるから、「自然数全体の集合」の方が多いように見える。しかし、「正の偶数全体の集合」から「自然数全体の集合」への関数\( f \)を $$ f(x) = 2x $$ とすると、これは全単射である。全単射が存在するということは、濃度は同じでなければならない。有限集合の場合は、「全単射が存在するとき、濃度が等しい」は濃度に関する性質であったが、無限集合の場合は逆にこれを定義とする。濃度の以上、以下の関係についても同様に定める。すなわち、無限集合\( A, B \)に対して * \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする全射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度以上である。* \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする単射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度以下である。* \( A \)を定義域、\( B \)を終域とする全単射が存在するとき、\( A \)の濃度は\( B \)の濃度と等しい。 が成り立つように無限集合の濃度を定義する。このように定義すると、きちんと濃度の「等しい」「以上」「以下」が自然数の大小関係に似た性質を持つ、すなわち濃度に大小関係があるとみなせることが知られている。 最小の無限集合の濃度は\( \mathbb{N} \)の濃度である。その濃度を\( \aleph_0 \)(アレフ・ゼロ)と書く。 整数全体の集合\( \mathbb{Z} \)の濃度は\( \aleph_0 \)である。これは、次のような\( \mathbb{N} \)と\( \mathbb{Z} \)の間の全単射が存在することからわかる: $$ f(0) = 0, f(1) = +1, f(2) = -1, f(3) = +2, f(4) = -2, \cdots $$ これよりも複雑な全単射を用いることで、有理数全体の集合\( \mathbb{Q} \)の濃度も\( \aleph_0 \)であることが知られている。 一方、\( \mathbb{R} \)の濃度は\( \mathbb{N} \)の濃度より大きい(すなわち等しくない)ことが知られている。\( \mathbb{R} \)の濃度を'''連続体濃度'''といい\( \mathfrak{c} \)で表す。 ==第1¾章 カントールの対角線論法=====第1節 連続体濃度===連続体濃度は\( \aleph_0 \)ではないことが知られている。この節では、このことを背理法で証明する。 そのために、連続体濃度が\( \aleph_0 \)であると仮定する。すなわち、\( \mathbb{N} \)と\( \mathbb{R} \)の濃度が同じ、すなわち\( \mathbb{N} \)から\( \mathbb{R} \)への全単射が存在すると仮定する。そのような全単射をひとつとり\( f \)とする。\( f \)の値を次のようにリストアップする。ただし、右辺は実数の十進数表記である: \begin{align*}f(0) =& \pm a_{00}.a_{01}a_{02}a_{03} \cdots \\f(1) =& \pm a_{10}.a_{11}a_{12}a_{13} \cdots \\f(2) =& \pm a_{20}.a_{21}a_{22}a_{23} \cdots \\f(3) =& \pm a_{30}.a_{31}a_{32}a_{33} \cdots \\\vdots&\end{align*} ここで、実数\( r' \)を以下の方法で構成する: * \( r' \)の符号は\( + \)とする。* \( r' \)の整数部分は、\( a_{00} \)と異なる数にする。* \( r' \)の小数第\( n \)位は、\( 0, 9, a_{nn} \)のどれとも異なる数にする。すなわち、\( r' \)の小数第\( n \)位が\( f(n) \)の小数第\( n \)位と異なるようにする。\( 0, 9 \)を排除したのは、\( 0.999\cdots = 1.000\cdots \)という問題を避けるためである。 このように構成した\( r' \)に対して方程式\( f(x) = r' \)を考えると、\( x = 0 \)は解ではない。なぜなら、両辺の整数部分が異なるからである。また、任意の自然数\( n \)に対して、\( x = n \)は解ではない。なぜなら、両辺の小数第\( n \)位が異なるからである。 したがって、\( f(x) = r' \)は解を持たず、これは\( f \)が全単射であることに矛盾する。 よって、背理法により、連続体濃度は\( \aleph_0 \)ではないことが示された。 ===第2節 冪集合===集合\( A \)の冪集合\( \mathcal{P}(A) \)を、\( A \)の部分集合全体の集合と定義する。以下に例を示す。 $$ \mathcal{P}(\emptyset) = \{ \emptyset \} $$ $$ \mathcal{P}(\{ X \}) = \{ \emptyset, \{ X \} \} $$ $$ \mathcal{P}(\{ a, b \}) = \{ \emptyset, \{ a \}, \{ b \}, \{ a, b \} \} $$ $$ \mathcal{P}(\{ 1, 2, 3 \}) = \{ \emptyset, \{ 1 \}, \{ 2 \}, \{ 1, 2 \}, \{ 3 \}, \{ 1, 3 \}, \{ 2, 3 \}, \{ 1, 2, 3 \} \} $$ 数学Aの「集合と論理」では、「\( A = \{a, b \} \)の部分集合を全て書け」のような問題があるが、冪集合はそのような問題の答えの両端に\( \{ \)と\( \} \)を付けたものだと考えるとわかりやすいだろう。 もちろん、\( \mathcal{P}(A) \)は無限集合に対しても定義される。例えば、 $$ \{ 1, 3, 25 \} \in \mathcal{P}(\mathbb{N}) $$ $$ \{ x \mid xは正の偶数 \} \in \mathcal{P}(\mathbb{N}) $$ $$ \left\{ \frac{a+b\sqrt{5}}{2} \mid a, b は整数 \right\} \in \mathcal{P}(\mathbb{R}) $$ である。\( \mathcal{P}(A) \)は「\( A \)の部分集合をすべて集めた集合」なので、\( \subset \)ではなく\( \in \)であることに注意せよ。 また、\( \mathcal{P}(\mathbb{N}) \)の濃度は\( \mathbb{R} \)の濃度と等しいことが知られている。 ===第3節 カントールの対角線論法===出典: [定義を挿入https://mathtrain.jp/cantor 高校数学の美しい物語「カントールの定理の証明と対角線論法」] ここでは、任意の集合\( A \)に対し、\( \mathcal{P}(A) \)の濃度が\( A \)の濃度より大きいことを示す。 「\( A \)を定義域、\( \mathcal{P}(A) \)を終域とする関数」を考える。これは、\( A \)の要素を入力すると、\( A \)の部分集合が出力される関数だと思えばよい。 \( A \)を定義域、\( \mathcal{P}(A) \)を終域とする関数\( f \)を\( f(a) = \{ a \} \)とすると、これは単射である。したがって、\( A \)の濃度は\( \mathcal{P}(A) \)の濃度以下である。 \( A \)の濃度が\( \mathcal{P}(A) \)の濃度と等しくないことを背理法で示す。そのために、等しいと仮定する。このとき、\( A \)を定義域、\( \mathcal{P}(A) \)を終域とする全単射\( g \)が存在する。 このとき、次のような\( A \)の部分集合を考える: $$ B = \{ b \in A | b \not \in g(b) \} $$ \( b \)は\( A \)の要素、 \( g(b) \)は\( A \)の部分集合であるから、\( b \in g(b) \)という命題が意味を持つ。この命題が偽であるような\( b \)だけを集めて作った\( A \)の部分集合が\( B \)である。 \( g \)は全単射であるから、\( g(a) = B \)を満たす\( a \in A \)が存在する。\( B \)は\( A \)の部分集合なので、\( a \in B \)または\( a \not \in B \)のどちらかが成り立つ。しかし、その両方が成り立たないことを示す。 \( a \in B = g(a) \)であるとすれば、\( a \)は\( a \not \in g(a) \)を満たさないので\( B \)の要素ではない。したがって、\( a \in B \)はありえない。 \( a \not \in B = g(a) \)であるとすれば、\( a \)は\( a \not \in g(a) \)を満たすので\( B \)の要素ではない。したがって、\( a \not \in B \)もありえない。 これは矛盾である。矛盾が生じたので、\( A \)の濃度が\( \mathcal{P}(A) \)の濃度と等しくないことが示された。 以上より、任意の集合\( A \)に対し、\( \mathcal{P}(A) \)の濃度が\( A \)の濃度より大きいことが示された。 ===第4節 一般連続体仮説===\( \aleph_0 \)は最も小さい無限集合の濃度であった。無限集合の濃度は順序数に沿って並べることができ、小さい方から $$ \aleph_0, \aleph_1, \aleph_2, \cdots, \aleph_{\omega}, \aleph_{\omega+1}, \cdots, \aleph_{\omega2} \cdots \cdots $$
[自然数の例を挿入]と並ぶ。
[非可換な例を挿入]ここで、次の問題を考える:
[自然数との類似点・相違点を挿入]任意の無限集合\( A \)に対し、\( A \)の濃度と\( \mathcal{P}(A) \)の濃度の間の濃度は存在しないといえるか?
==第1½章 カントールの対角線論法==この問題は、ZFCと呼ばれる通常の数学の枠組みでは解けない(YESであることもNOであることも証明できない)ことが知られている。
[実数と自然数に対するカントールの対角線論法を挿入]そこで、この問題の答えがYESであるという命題を一般連続体仮説と呼び、この記事ではそれを信じることにする。「信じる」というのは数学的ではないかもしれないが、そもそも何も信じなければ数学を始められないので、一般連続体仮説を信じることにする。
[一般の集合に対するカントールの対角線論法を挿入]このとき、次の命題が成り立つ:
==第1¾章 全射・単射・全単射==もし無限集合\( A \)の濃度が\( \aleph_{\alpha} \)であれば、\( \mathcal{P}(A) \)の濃度は\( \aleph_{\mathrm{succ}(\alpha)} \)である。
==第2章 基数と共終数==
===第1節 基数===
順序数\( \kappa \)が基数であるとは、すべての\( \alpha < \kappa \)に対して\( \alpha \)と\( \kappa \)の間に全単射が存在しないことを言う。
同じことであるが、基数とは「濃度が同じ中で最小の順序数」であるといえる。
たとえば、有限の整数\( n \)に対応する順序数\( O_n \)は全て基数である。なぜなら、濃度が\( n \)であるような順序数は\( O_n \)しかないからである。
一方、\( O_{\omega} \)は基数であるが、\( O_{\omega + 1} \)は基数ではない。なぜなら、\( O_{\omega} = \{ O_0, O_1, O_2, \cdots \} \)から\( O_{\omega + 1} = \{ O_0, O_1, O_2, \cdots, O_{\omega} \} \)への全単射として
$$ f(O_0) = O_{\omega}, f(O_1)=O_0, f(O_2)=O_1, \cdots, f(O_n)=O_{n-1}, \cdots (n \geq 1) $$
が存在するからである。同様に、\( O_{\omega+2}, O_{\omega2} \)なども基数ではない。
一方、基数は\( O_0, O_1, O_2, \cdots, O_{\omega} \)で終わりかというとそうではなく、各濃度に対して1つ基数が存在する。
濃度\( \aleph_1 \)に対応する基数を[https://googology.wikia.org/ja/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E9%9D%9E%E5%8F%AF%E7%AE%97%E9%A0%86%E5%BA%8F%E6%95%B0 第一非可算順序数]といい、\( \Omega \)や\( \omega_1 \)で表す。
同様に、\( \aleph_2, \aleph_3 \cdots \)に対して\( \Omega_2, \Omega_3, \cdots \)が存在する。また、\( \aleph_{\omega} \)に対応する基数は\( \Omega_{\omega} \)である。
\( \Omega \)は順序数であるから、\( \aleph_{\Omega} \)という濃度が存在し、それに伴って\( \Omega_{\Omega} \)も存在する。一般に、任意の順序数\( \alpha \)に対して基数\( \Omega_{\alpha} \)が存在する。
===第2節 共終数===
順序数\( \alpha \)に対し、その'''共終数'''\( \mathrm{cof}(\alpha) \)を以下で定義する。
* \( \alpha = 0 \)のとき\( \mathrm{cof}(0) = 0 \)
* \( \alpha = \beta + 1 \)のとき\( \mathrm{cof}(\beta + 1) = 1 \)
* \( \alpha \)が極限順序数のとき、\( \displaystyle{\lim_{\beta < \kappa} f(\beta)} = \alpha \)となるような基数\( \kappa \)と\( f \)を考える。このとき、\( f \)が何であろうと\( \kappa \)は同じ順序数となる。この\( \kappa \)を\( \mathrm{cof}(\alpha) \)とする。
多くの極限順序数において、その共終数は\( \omega \)である。たとえば、\( f (\beta) = \beta \)とすると、\( \displaystyle{\lim_{\beta < \omega} f(\beta)} = \omega \)であるから、\( \mathrm{cof}(\omega) = \omega \)である。また、\( f (\beta) = \omega + \beta \)とすると、\( \displaystyle{\lim_{\beta < \omega} f(\beta)} = \omega2 \)であるから、\( \mathrm{cof}(\omega2) = \omega \)である。
\( \Omega \)の共終数は\( \Omega \)である。すなわち、\( \displaystyle{\lim_{\beta < \omega} f(\beta)} = \Omega \)となるような順序数の関数\( f \)は存在しない。一般に、後続順序数\( \alpha \)に対し\( \Omega_{\alpha} \)の共終数はそれ自身である。
このように、共終数がそれ自身である順序数を'''正則基数'''という。共終数の定義から、正則基数は明らかに基数である。
全ての基数が正則順序数であるわけではない。たとえば、\( f(\beta) = \Omega_{\beta} \)とおくことにより、\( \mathrm{cof}(\Omega_{\omega}) = \omega \)であることがわかる。
==第3章 到達不能基数==
出典: [https://googology.wikia.org/ja/wiki/%E5%88%B0%E9%81%94%E4%B8%8D%E8%83%BD%E5%9F%BA%E6%95%B0 巨大数研究Wiki「到達不能基数」]
順序数\( \alpha \)が到達不能基数であるとは、次の3つの条件を満たすことである。
* \( \alpha \geq \Omega \)である。
* \( \alpha \)は正則である。すなわち、\( \alpha \)の共終数は\( \alpha \)である。
* \( \alpha = \Omega_{\beta} \)となるような\( \beta \)が存在し、その\( \beta \)は極限順序数である。<ref>この記事ではGCHを仮定しているため、3番目はアレフ数でもベート数でも同じことである。</ref>
最小の到達不能基数は記号\( I \)で表される。
\( \Omega_{\Omega_{\Omega_{\ddots}}} \)は到達不能基数ではない。なぜなら、共終数が\( \omega \)だからである。\( I \)はこれよりもはるかに大きい。
\( I \)はあまりにも大きいので、ZFCが無矛盾である場合、その存在を証明できない(存在するかどうかわからない)ことが知られている。
==脚注==
<references />